Rationalであるということ。

思う事を書きます。
http://d.hatena.ne.jp/higayasuo/20081108/1226120995


数学と情報科学は密接な関係を持っています。


これらについて必要な要素は合理的であるということです。
合理的とはつまり、理にかなっている。だれが考えても同じ結論になるということです。


数学であれば問題を与えられ、誰が解いてもそれは同じ答えとなる必要があり、
そこに人間の感情というものは関与していません。
同様に情報科学においてはプログラミングがありますが、こちらも出来上がるプログラムには人間の感情というものは関与していません、もちろんプログラミングにおいても同じ動きとなるプログラムが完成していることでしょう。


つまり、数学や情報科学は合理的であるという行為がこの世界において存在価値であるという言い方もできます。


しかしながら、社会というのはひどく非合理的であり、時には人間の感情によって意思決定がなされたりもし、それは特に日本の社会が顕著であるとも思います。


非合理的であることが良いことか悪いことかは一概には言えませんが、産業という観点では数学と情報科学では大きく違うところがあります。それは情報科学という分野がITという名前を借りて一市場を構築しているということです。

このIT産業は非合理的な要素も含まれたこの社会の中において内部では常に合理的であるべき仕事(この場合、特にシステムに関しての仕事)を求められているのです。これは他の産業に比べると特に非合理、合理の排反要素が強いのではないでしょうか。


通常、ここまで顕著であるならば、業界として成り立たないのが正論だと思われるかもしれません。


しかし、実は不思議とIT業界内部においても合理的な仕事が行われていません。
たとえば、無駄とも思われる細かい設計書を書いたり、賃金に比例するからといってSLOC(ソース行)を不必要に水増ししたり、システム規模に対し無駄とも思えるオーバースペックのハードウェアを導入したりと、キリがありません。


これらのような非合理的な仕事がIT業界における進化やイノベーションを妨げている要因なのではないでしょうか??


さらに悪く言うと、合理的思考をそこまで必要としなくても日本のIT業界においては仕事ができ、それで業界が成り立っているのです。


逆にアメリカ等はこの合理的であるということが求めるべき一つのゴールとなっているため日本に比べてIT産業の進化は速いでしょう。


ソフトウェア開発手法においても海外においてはさまざまな開発手法が考案されましたが、日本発の開発手法はいまだかつて地位を得た手法はありません。


ここでも日本においては合理的であるということが求められていないことが伺えるのではないでしょうか。


RUPなどはその名に合理的の意を含んでいますが、日本で実践しているところはどの程度あるでしょうか、おそらく少ないでしょう。


この非合理的さと合理的さを内包したIT産業とは客観的に見るとやはりカオス状態であり、平衡ではない状態です。


マイノリティな人の中にこの業界はおかしいと異を唱えている人もいると思います
、これは合理的な思考においてはこの矛盾した業界が存在していること自体がおかしいというのは当然の結論で、本当ならば業界全体ではこの考え自体がマジョリティであるべきものなのです。


合理的思考というものは自分で考えなければいけないものです。そしてそこに感情というものは存在してはなりません。そうしなければ正しい解を得られないからです。


IT業界に居て正しい解を求めたいと思うのならば少しでも合理的思考をもつ、実践することを心がけて下さい。そうすればより良いIT業界となり、みんなIT業界を好きになるでしょう。合理的であれば誰だって求めるモノは同じになるのですから。
そしてそれを喜び合うということに感情、思いを注力しませんか?


真の、本当のIT業界が日本に在ることを強く願います。